Wwe殿堂入り日本人歴代一覧!選考基準の裏側と豪華特典・次期候補を解説
WWEの歴史において、アジア・日本出身のレスラーが「ホール・オブ・フェーム」に選出されることは極めて特別な意味を持ちます。米国のマット界に革命をもたらし、世界のプロレスシーンに多大なインスピレーションを与えた歴代の日本人殿堂入りメンバーを振り返ります。
アントニオ猪木(2010年選出)
日本人として史上初の殿堂入りを果たしたのが、日本プロレス界の象徴であるアントニオ猪木氏です。1979年にボブ・バックランドを破りWWFヘビー級王座を獲得した実績に加え、モハメド・アリとの異種格闘技戦など、プロレスの枠を超えて世界中に「プロレスラーの強さ」を誇示した功績が絶大な評価を受けました。インダクター(プレゼンター)を務めた盟友スタン・ハンセン氏との抱擁は、今もファンの胸を熱くさせます。
藤波辰爾(2015年選出)
「ドラゴン」の愛称で親しまれ、マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)でWWFジュニアヘビー級王座を奪取して一世を風靡した藤波辰爾選手。ドラゴン・スープレックスやドラゴン・スクリューといった革新的な技を米マットに持ち込み、後のアメリカン・プロレスのファイトスタイルそのものを進化させた立役者として迎えられました。
獣神サンダー・ライガー(2026年選出 / 2026年式典出席)
世界のジュニアヘビー級の概念を塗り替えた世界的アイコンです。WCWへの参戦をはじめ、軽快な飛び技と重厚なレスリング技術を融合させたスタイルは、レイ・ミステリオをはじめとする数々のアメリカ人トップスターに決定的影響を与えました。コロナ禍を経て行われた式典では、世界中のファンから惜しみない賛辞が送られました。
グレート・ムタ / 武藤敬司(2026年選出)
妖艶なペイントと毒霧、そして圧倒的なカリスマ性で全米を震撼させたグレート・ムタ。1989年のWCW参戦時に巻き起こした大熱狂は伝説となり、スティングやリック・フレアーといった米国の至宝たちと歴史的名勝負を繰り広げました。「アメリカで最も成功し、愛された日本人ヒール」としての功績が、現役引退の年に最高峰の形で称えられました。
ブル中野(2026年選出)
日本人女子レスラーとして初の快挙を成し遂げたのがブル中野氏です。1990年代前半、WWF(現WWE)女子戦線に乗り込み、モヒカン頭と圧倒的なパワーでアランドラ・ブレイズと繰り広げた抗争劇は、現在の女子プロレス革命(ウィメンズ・エボリューション)の原点として高く再評価されています。