日本の旧国名一覧と都道府県対照マップ|五畿七道と難読地名を徹底解剖

日本の旧国名一覧と都道府県対照マップ|五畿七道と難読地名を徹底解剖の特集記事をご紹介します。専門的な知識がチェックできます。

Q1:日本には全部でいくつの旧国名(令制国)が存在したのですか?
A1:律令制の基本体制が整った奈良・平安期には「66国2島(壱岐・対馬)」でした。その後、明治元年(1868年)に陸奥国が5国(岩代・磐城・陸前・陸中・陸奥)、出羽国が2国(羽前・羽後)に分割され、さらに北海道11国(蝦夷地再編)が設置されたため、最終的には84国(+琉球国を令制国に準じる扱いとする場合は85国)にまで拡大しました。一般的に「旧国名一覧」として参照されるのは、伝統的な68国(66国2島)体制が基本です。

Q2:「旧国名(令制国)」と江戸時代の「藩」は何が違うのですか?
A2:令制国(旧国名)は朝廷・国家が定めた固定的な「地理的行政区分」であり、藩は江戸時代に各大名が支配した流動的な「大名領地(政治組織)」です。例えば「加賀国」という令制国の中に加賀藩(前田家)が存在しましたが、加賀藩は加賀国だけでなく能登国や越中国の大部分も支配していました。ひとつの国に複数の小藩が分立したり、ひとつの大藩が複数の国を跨いで領有したりしていました。

Q3:北海道や沖縄県にも旧国名は設定されていたのですか?
A3:はい。北海道は明治2年(1869年)に松浦武四郎らの提案に基づき、「石狩国」「天塩国」「十勝国」「胆振国」「日高国」など11国86郡が設置されました(現在の振興局区分の基礎)。沖縄県については、明治12年(1879年)の琉球処分以降、令制国としての正式設置手続きは取られませんでしたが、公的文書等で「琉球国」として令制国と同等に扱われた歴史があります。

Q4:旧国名の「前・中・後」や「上・下」の順番はどうやって決まったのですか?
A4:原則として「古代の都(奈良・京都)から近い順」に命名されました。都に近い側から「越前・越中・越後」「備前・備中・備後」「筑前・筑後」「豊前・豊後」「肥前・肥後」となります。「上野・下野」「上総・下総」も同様ですが、上総と下総に関しては、かつて都から房総半島へ向かう際に東京湾を船で横断(海路)したため、先に到着する南側が「上総」、奥が「下総」と名付けられました。

前田 葵

前田 葵

サステナビリティ研究家

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。