アディダスフットサルパーク渋谷の閉鎖理由と現在地|聖地消滅の真相

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日本における民間フットサルコートの金字塔であったアディダスフットサルパーク渋谷。同施設が幕を下ろすことになった直接的な契機は、東急グループおよびJR東日本・東京メトロなどが主導する「100年に一度」と称される渋谷駅周辺の再開発プロジェクトにあります。

コートが位置していたのは、渋谷駅直結の商業ビル東急百貨店東横店西館の屋上(8階屋上)でした。同百貨店は1934年の開業以来、85年以上にわたり渋谷のランドマークとして親しまれてきましたが、渋谷駅街区基盤整備計画に伴う建物解体が決定。これに伴い、東急百貨店東横店は2026年3月31日をもって全館営業終了となり、屋上で営業していたアディダスフットサルパーク渋谷も同日をもって19年の歴史にピリオドを打ちました。

東急電鉄および東急スポーツシステムが当時発表した公式リリースや関係者の証言によると、コートの稼働率は末期まで極めて高く、土日祝日のレンタル枠や平日の夜間枠は予約開始と同時に埋まるプレミア状態が続いていました。採算性の問題ではなく、都市計画上のインフラ刷新という不可抗力によって余儀なくされた営業終了であった点が、多くの常連プレイヤーに深い喪失感を与えた要因です。

2001年5月のオープン当時は、日韓ワールドカップを翌年に控えて日本中でサッカー熱が爆発していた時期でした。百貨店の屋上といえば昭和期には「屋上遊園地」が定番でしたが、少子化やレジャーの多様化に伴い遊休地化していたスペースに、アディダスジャパンと東急がタッグを組んでアーバンスポーツ施設を誘致。この斬新な空間利用モデルは、都市型フットサルコートの全国的なブームの火付け役となりました。

森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

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