登録有形文化財の旧三河広瀬駅!レトロ木造駅舎の現在と廃線の真相

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旧三河広瀬駅が誕生したのは、矢作川沿いの木材や沿線農産物の輸送、そして足助方面への観光客輸送を目的に敷設された三河鉄道の時代に遡ります。戦時統合を経て名古屋鉄道(名鉄)三河線の一部となり、かつては観光客や通勤・通学客を運ぶ動脈として親しまれていました。

しかし、高度経済成長期以降の自家用車普及(モータリゼーション)の波が直撃します。とりわけ日本を代表する自動車産業都市である豊田市周辺において、道路網の整備とマイカーの普及速度は著しく、鉄道の乗降客数は年々減少の一途をたどりました。運行コスト削減のため1985年には電化設備を撤去し、小型ディーゼルカー(レールバス)によるワンマン運転へと切り替えられましたが、収支の改善には至りませんでした。

車両の老朽化に伴う更新費用の負担や将来的な採算性を精査した結果、2004年4月1日をもって猿投〜西中金間(13.8km)が正式に廃止されました。廃線の危機に際しては存続運動も展開されましたが、時代の移り変わりという構造的な変化に抗うことはできませんでした。この廃止の歴史があるからこそ、地域住民の手で大切に守られてきた木造駅舎の存在感が際立っています。

森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

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