八王子・長池公園になぜ欧風の名橋が?四谷見附橋移築の真相と魅力
八王子市長池公園のシンボルとして親しまれている「長池見附橋」は、もともと1913年(大正2年)に東京都新宿区の四ツ谷駅上(JR中央線を跨ぐ地点)に架橋された初代・四谷見附橋です。設計には赤坂離宮(現在の迎賓館赤坂離宮)を手がけた建築家・片山東熊や、橋梁工学の権威・武田五一らが参画しており、迎賓館の門風に合わせた華麗なネオ・バロック様式の装飾が施されていました。
しかし昭和末期、国道20号(新宿通り)の交通量増大に伴い、車線拡幅のために橋の架け替えが決定します。貴重な近代土木遺産の解体を惜しむ声が高まるなか、四谷見附橋の移築理由として浮上したのが、当時進められていた多摩ニュータウンの開発事業でした。
自然保全と都市機能の調和を目指していた当時の住宅・都市整備公団(現・都市再生機構)は、長池公園の景観形成における中核施設としてこの橋の保存・継承を決断。1991年から解体・移築工事が始まり、鋼材や鋳鉄製の親柱、高欄、装飾灯などを可能な限り再利用しながら、1993年秋に「長池見附橋」としてこの地に見事甦りました。
橋の足元に広がる「姿池」の水面には、クラシカルな橋体が鏡のように映り込みます。かつて大都会の喧騒を支えた鉄橋が、時を経て八王子の水と緑に寄り添う姿は、土木遺産保全の傑作としていまも専門家から高い評価を受けています。