インスタントラーメンの父・安藤百福の壮絶人生と大逆転の真相
安藤百福の原点は、1910年(明治43年)の台湾・嘉義庁にあります。幼くして両親を亡くした百福は、台南で繊維問屋を営んでいた祖父母のもとで育てられました。幼少期から商売の現場を肌で感じて育った彼は、持ち前の行動力と商才を早くから開花させます。
22歳の時、祖父から受け継いだ遺産をもとに台北でメリヤス(繊維製品)の販売会社「東洋モンスーン」を設立。事業は大成功を収め、拠点を大阪へと広げました。日本本土に渡った後もメリヤス事業のみならず、製材業、プレハブ住宅の製造、軍用機のエンジン部品加工など、時代のニーズを先取りした事業を次々と展開。若くして財を成し、実業家としての地位を築き上げていきました。
しかし、第二次世界大戦の激化によって事態は急変します。空襲による工場の焼失、さらに終戦前後の混乱期には無実の経済事犯容疑で逮捕・拘束されるなど、命の危機にさらされる過酷な試練を経験することになりました。