トータス松本とウルフルケイスケの仲|不仲説の真相と脱退後の現在
結論から言えば、二人の間にある関係性は、巷で囁かれるような「顔も見たくないほどの険悪な不仲」という単純なものではありません。しかし、「一切の衝突やわだかまりがなかった」と言い切れないのも事実です。
ウルフルズは元々、大阪の中津にあったインド喫茶「カンテ・グランデ」でバイト仲間だったウルフルケイスケがトータス松本を誘って結成したバンドでした。初期はケイスケがリーダーとしてバンドの舵を取り、トータスが圧倒的なボーカル力でフロントに立つという明確な役割分担が成立していました。
しかし、バンドがメジャーシーンで国民的な大ヒットを連発するにつれ、作詞・作曲やアレンジの主導権はトータス松本へと集中していきます。ポップスターとしての責任を一身に背負い、妥協を許さない完璧主義を貫くトータスと、もっと泥臭く自由なロックンロールやブルースを愛するケイスケ。表現者としての情熱が強すぎるがゆえに、リハーサルやレコーディングの現場で音楽的な意見の対立やすれ違いが生じる場面は確実に増えていきました。
憎しみ合って口をきかないといったレベルの不仲ではなく、バンドという運命共同体の中で生じた「表現者としての純粋な摩擦」こそが、外部から不仲説として受け取られた最大の要因といえます。