『火垂るの墓』作者・野坂昭如の壮絶な実体験と妹への懺悔の真相
戦後、浮浪児同然の生活や少年院収容を経て早稲田大学へ進学した野坂昭如は、放送作家、作詞家、CMソングの制作など多彩な分野で頭角を現します。しかし、どれほど世俗的な成功を収めても、「自分だけが生き残ってしまった」という激しいサバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)が消えることはありませんでした。
作家として活動を本格化させた野坂は、1967年、37歳の時に『オール讀物』へ『火垂るの墓』を発表します。本作は決して単なる戦争悲話ではなく、「妹を飢え死にさせた自分への断罪」であり、同時に「妹のために命を捧げ尽くす理想の兄・清太」を創作することで妹の霊に詫びる鎮魂の書でした。
同作は『アメリカひじき』とともに第58回直木賞を受賞。選考会では、凄惨な体験を独自の猥雑さと抒情性を交えた唯一無二の文体で昇華させた文学的達成が極めて高く評価されました。受賞の報を受けた際も、野坂は妹への申し訳なさを吐露し、栄誉を手放しで喜ぶことはなかったと伝えられています。