火垂るの墓西宮のおばさんは悪者か?大人が見直す正論と実在の真相

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映画の前半、母を亡くした清太と節子を預かった西宮のおばさんは、やがて二人に対して冷淡な態度を取り始めます。代表的な場面として挙げられるのが、清太の母の形見である着物を勝手に米へと物々交換し、食事の配膳で自分の娘や下宿人には白いご飯を盛り、清太と節子には具のない雑炊ばかりをよそう描写です。この露骨な扱いの差に、初見の子供たちは強い理不尽さを覚えます。

しかし、家計を維持し家族を養う立場になった大人の視点で見直すと、見え方は180度反転します。おばさんが発する言葉は、厳しい表現ながらも当時の日本社会における現実そのものでした。

「清太さんはもう大きいんやから、お国のために働かなあかんよ」
「昼間からぶらぶらして、近所の手前恥ずかしいやないの」
「お国のために命がけで働いている人たちと、何もしないあんたらが同じご飯を食べられるわけがないやろ」

こうした発言は、映画公開から数十年を経たネット掲示板やSNSにおいて、火垂るの墓 西宮のおばさん 正論というキーワードで頻繁にトレンド入りするようになりました。国家総動員法の下、空襲警報が日常化していた1945年の日本では、「働かざる者食うべからず」は道徳論ではなく物理的な生存条件でした。おばさん側から見れば、14歳の健康な男子でありながら家事も手伝わず、学徒動員や地域の防空訓練にも参加せず、妹と遊んで過ごす清太の姿は、怠慢以外の何物にも映らなかったのです。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。