京都・ねねの道の歴史と歩き方|高台寺・穴場カフェ巡り完全ガイド
東山の緑に抱かれた約250メートルの石畳「ねねの道」は、豊臣秀吉の正室である北政所(出家名・高台院湖月心尼、通称ねね)が、慶長11(1606)年に秀吉の菩提を弔うため建立した高台寺の門前に位置します。秀吉の没後、ねねは伏見城から京都へ移り住み、徳川家康の手厚い財政的支援を受けながらこの地に高台寺と自らの住まいである圓徳院(えんとくいん)を構えました。
ねねが日々、圓徳院から高台寺へと歩いて通った祈りの道筋こそが、現在の通りのルーツです。激動の安土桃山時代から江戸初期へと移り変わる中、戦国の表舞台を退いた彼女が静かに夫を想い、余生を捧げた情景が今なお石畳の足元に息づいています。
現在の美しい御影石の舗装と電線類地中化は1990年代後半に整備されたものですが、道幅約6メートルにおよぶゆったりとした空間は、当時の広大な寺領の風格を今に伝えています。単なる観光通りではなく、戦国乱世を生き抜いた一人の女性の気品と祈りが込められた特別な空間です。