なぜ駅名が「おもちゃのまち」?誕生の歴史と2026年現地の魅力を徹底解剖
「おもちゃのまち」というユニークな地名および駅名が誕生した背景には、昭和30年代後半から40年代にかけての日本のものづくり産業の変革期が存在します。当時、東京の墨田区や葛飾区といった下町エリアには、輸出用のブリキ玩具やセルロイド・プラスチック玩具を製造する中小工場が密集していました。しかし、日本の経済成長に伴う都市部の過密化、工場用地の不足、火災リスクの増大、さらには輸出需要の急増に対応するための生産ライン拡張が喫緊の課題となっていたのです。
そこで立ち上がったのが、玩具メーカー各社による集団移転プロジェクトでした。広大な用地と豊かな自然環境、東武鉄道による輸送利便性を兼ね備えていた栃木県下都賀郡壬生町が受け入れ先として名乗りを上げ、1962年(昭和37年)に「東京玩具トイタウン協同組合(現・おもちゃ団地協同組合)」が設立されました。当時の関係者が残した手記には、「過密都市を抜け出し、緑豊かな地で世界中の子どもたちに夢を届ける理想の玩具郷をつくる」という強い気概が記されています。
工業団地の造成が進む中、1965年(昭和40年)に東武鉄道が通勤および物流輸送の要として新設したのがおもちゃのまち駅(東武宇都宮線)です。さらに1977年(昭和52年)には、区画整理に伴い自治体の正式な町名としても「栃木県下都賀郡壬生町おもちゃのまち」が採用されました。ひらがなの町名は日本全国を見渡しても極めて珍しく、地域住民と企業が一体となって築き上げた産業ブランドの象徴として現在も大切に受け継がれています。