てつおじさんのチーズケーキ現在地|日本撤退の噂と店舗・通販の真相

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1990年、福岡市早良区西新にあった洋菓子店「花十字」のオーナー・溝上徹思(みぞかみてつし)氏の愛称から名付けられた同商品は、なぜ全国の街角から姿を消すことになったのでしょうか。そのてつおじさんのチーズケーキ 閉店理由を紐解くと、昭和末期から平成初期の日本を覆ったフランチャイズ(FC)バブルの光と影が浮かび上がってきます。

発売当初、日本テレビ系列のバラエティ番組などで取り上げられたことをきっかけに、福岡の店舗前には連日数百人規模の長蛇の列ができました。「1ホール500円(当時)という破格の安さ」「目の前で焼き上がるライブ感」「厳選されたデンマーク産クリームチーズの豊かな風味」が合致し、瞬く間に全国へ飛び火したのです。運営元は需要に応えるべくFC展開を急速に推し進め、最盛期には全国で数百店舗に迫る勢いを見せました。

しかし、この急激すぎる店舗網の拡大こそが衰退の引き金となりました。専門家の市場分析によると、主な要因は次の3点に集約されます。

第1に、ブームの消費スピードの加速と飽和です。あまりに短期間で全国展開したため、希少価値が失われ、消費者が日常的なスイーツとして定着する前に「いつでも買えるもの」へと飽きが生じました。第2に、競合・類似商品の乱立です。当時は「焼きたてスフレチーズケーキ」というジャンル自体が模倣しやすく、大手流通チェーンや後発のベーカリーが低価格な類似品を次々と投入した結果、激しい価格競争に巻き込まれました。そして第3が、多店舗展開による品質維持と直営管理の負荷です。スフレ生地はメレンゲの泡立て具合や焼き加減に高度な技術を要するため、急造の店舗網で均一なクオリティを保ち続けることは容易ではありませんでした。

国内店舗の縮小だけを見ると「事業の失敗」のように捉えられがちですが、この物語には驚くべき後日談が存在します。国内のブームが一段落した2010年代以降、てつおじさんは主戦場を海外へと大胆にシフトさせました。「Uncle Tetsu」の英名で台湾・台北駅に初進出を果たすと、かつての日本を彷彿とさせる大行列を記録。これを足がかりに、カナダ、オーストラリア、アメリカ、マレーシア、中東など、世界十数カ国で100店舗以上を展開するグローバルブランドへと驚異的な変貌を遂げたのです。日本のフワフワとしたスフレ食感は「ジャパニーズ・チーズケーキ」として世界的な食文化の地位を確立しており、日本国内での縮小は、世界展開への戦略的リソースシフトであったとも言えます。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。