水前寺清子の現在に迫る!健康や私生活、今明かされる歌姫の素顔
1964年、日本クラウンから『涙を抱いた渡り鳥』で鮮烈なデビューを果たした彼女を、音楽面で育て上げた恩師が作詞家の星野哲郎だ。星野が紡ぎ出す言葉は、泥臭くも温かく、市井の人々の哀歓に寄り添う魂の叫びそのものだった。
中でも1968年に発表された『三百六十五歩のマーチ』は、単なるヒット曲の枠を大きく飛び越え、日本全体の応援歌として定着した。「しあわせは 歩いてこない だから行進して ゆくんだね」。星野が託した力強いフレーズを、水前寺は小気味よいリズムと弾ける笑顔で歌い上げ、日本中の背中を押し続けた。演歌や歌謡曲といったジャンルに囚われない普遍的なメッセージは、長い歳月を経た今聴いても新鮮な勇気を与えてくれる。