ウイスキーの父・竹鶴政孝の真実!鳥井信治郎との確執と愛の生涯
独立にあたり、目指した新天地は北海道の余市だった。「なぜこれほど過酷で輸送に不便な僻地を選ぶのか」と周囲は首を傾げたが、そこにはスコットランドのハイランド地方と酷似した冷涼な気候、豊かな泥炭(ピート)、澄んだ雪解け水が存在していた。理想のウイスキーを生み出すには、風土そのものが本場と同じでなければならないという、妥協なき決断だった。
1936年に稼働した余市蒸溜所では、本場スコットランドですら姿を消しつつあった「石炭直火蒸留」という極めて手間の掛かる伝統製法を導入した。焦げ付きを防ぐため職人がつきっきりで火力を調整するこの手法こそが、力強く香ばしい原酒を生み出す源泉となる。余市で培われた職人気質は、その後の日本の蒸留酒製造業全体の水準を劇的に押し上げる原動力となった。