理趣経の全文と現代語訳|欲望を肯定する十七清浄句の真実

理趣経の全文と現代語訳|欲望を肯定する十七清浄句の真実に関する主要なデータを分かりやすく解説いたします。

理趣経のなかで最も衝撃的であり、教理の中枢を担うのが初段に説かれる「十七清浄句(じゅうしちしょうじょうく)」です。大楽金剛不空真実三摩耶菩薩(金剛薩埵)が説くこの17のテーゼは、男女の交わりから生じる感覚や欲望のすべてを「清浄な菩薩の境地」として宣言します。

ここでは、寺院で読誦される漢文の音読み(ひらがな付き)、書き下し文、そして正確な現代語訳を照合して提示します。

漢文と音読み(ひらがな)書き下し文現代語訳(真意の解説)妙適清浄句 是菩薩位
(みょうてきしょうじょうく ぜぼさつい)妙適(みょうてき)は清浄なる句(く)なり、是れ菩薩の位なり。男女が交わる至高の悦びは清らかであり、それ自体が菩薩の覚りの境地である。慾箭清浄句 是菩薩位
(よくせんしょうじょうく ぜぼさつい)慾箭(よくせん)は清浄なる句なり、是れ菩薩の位なり。欲望の矢が放たれて対象を激しく求める情熱も清らかであり、菩薩の境地である。触清浄句 是菩薩位
(そくしょうじょうく ぜぼさつい)触(そく)は清浄なる句なり、是れ菩薩の位なり。男女が肌を寄せ合い触れ合う感覚も清らかであり、菩薩の境地である。愛縛清浄句 是菩薩位
(あいばくしょうじょうく ぜぼさつい)愛縛(あいばく)は清浄なる句なり、是れ菩薩の位なり。相手を愛おしく思い固く結ばれる絆も清らかであり、菩薩の境地である。一切自在主清浄句 是菩薩位
(いっさいじざいしゅしょうじょうく ぜぼさつい)一切の自在の主(しゅ)は清浄なる句なり、是れ菩薩の位なり。あらゆる欲望の主となり自由自在に振る舞うことも清らかであり、菩薩の境地である。見清浄句/適悦清浄句/愛清浄句...
(けん/てきえつ/あい しょうじょうく...)見ること、喜び楽しむこと、愛着を抱くことも皆清浄なり。見る・喜ぶ・誇る・満ち足りる・輝くといった人間のあらゆる情動は、本来仏性の現れである。

十七清浄句に続く後半部では、経典の結びとして名高い「百字の偈(ひゃくじのげ)」が唱えられます。「菩提心(覚りを求める心)」を堅固にし、金剛薩埵の純粋な覚りと自己の命を同化させるこの偈文は、真言宗の僧侶が朝夕の勤行で最も崇高な祈りとして唱え続けている詩句です。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。