Hey! Say! Jumpメンカラの真相!歴代変更理由と最新決定秘話
Hey! Say! JUMPの歴史を振り返る上で避けて通れないのが、デビュー初期における「衣装の流動性」とHey! Say! JUMPメンバーカラー変更の真相です。リアルタイムで追ってきたファンには周知の事実ですが、2007年の結成・デビュー当初、事務所側は各メンバーに恒久的なカラーを固定していませんでした。
当時の歌番組やアリーナ公演の映像資料を検証すると、センターを務めていた中島裕翔が赤を基調とした華やかな衣装を着用し、山田涼介が水色や白、髙木雄也が深緑、有岡大貴が青や紫を身にまとうなど、シングル曲の世界観やステージごとのデザイン意図に準拠して色は目まぐるしく変化していました。当時のジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)における大人数グループの慣例として、フォーメーションの流動性に合わせた衣装設計が優先されていたためです。
転機が訪れたのは2010年前後、グループが単独アリーナツアーを恒常化させ、ドーム規模へと動員を拡大させていった時期でした。Hey! Say! JUMPメンバーカラー決定の経緯には、大きく分けて3つの要因が絡み合っています。
- コンサートグッズ展開の規格化:タオルやストラップ、ペンライトなどの物販において、個人を識別できる明確なシンボルカラーが商業的にも不可欠となったこと。
- グループ内役割の確立:映画やドラマの単独主演を経て不動のエースへと成長した山田涼介に「赤」を据え、バランサーやムードメーカーとしての立ち位置が確立した有岡大貴に「オレンジ」を配するなど、各人のパーソナリティと色彩の適合が進んだこと。
- ファンの視認性と応援の一致:広大なドーム会場において「遠目からでも誰がどこにいるか瞬時に判別したい」というファンの切実な要望が事務所・演出サイドに届き、公式に色を固定する合意が形成されたこと。
かつて特番インタビューやメンバー自身の口頭で語られたように、「いつの間にか衣装ラックに並ぶ自分の衣装が特定の色ばかりになり、それが自然とメンカラとして定着していった」という証言が存在します。トップダウンの強制通達というよりは、現場のクリエイティブとファン心理の相互作用によって有機的に醸成されたのが、JUMPにおけるHey! Say! JUMPメンバーカラー決め方の実態でした。