伊藤エミの生涯と沢田研二の真実|離婚の真相・慰謝料と息子の現在
芸能界引退直後の1975年6月、伊藤エミさんは当時「ザ・タイガース」からソロへと転向し、絶大な人気を誇っていた沢田研二さんと結婚しました。2人は同じ渡辺プロダクションに所属する先輩と後輩の間柄。多忙を極めるトップスター同士、互いの孤独やプレッシャーを分かち合う中で自然と愛情を育んでいきました。7歳年上のエミさんは、ジュリーの愛称で熱狂を集める沢田さんを私生活から献身的に支える道を選びます。
1979年には待望の第一子となる長男・一人(かずと)さんが誕生。都内の閑静な住宅街に豪邸を構え、誰もが羨むおしどり夫婦として穏やかな日々を送っているかに見えました。しかし、1980年代に入ると夫婦関係に決定的な亀裂が生じます。
関係破綻の直接的な引き金となったのは、1982年の映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』での共演を機に始まった、沢田研二さんと女優・田中裕子さんの熱愛発覚でした。マスコミ各社が連日連夜スクープを報じるなか、沢田さんは自宅を出て別居を開始。エミさんは一人息子の将来や家庭の修復を願い、当初は離婚に応じない姿勢を貫きました。しかし、長期にわたる別居と埋まらない溝の深さから、最終的に婚姻生活の継続を断念せざるを得ない状況へと追い込まれていきました。