借金1000億完済からU-Next帝国へ!宇野康秀の執念と現在地
宇野康秀氏のキャリアは、最初から順風満帆だったわけではありません。明治学院大学法学部を卒業後、1988年にリクルートコスモス(現・コスモスイニシア)へ入社。不動産業界で営業の基礎を徹底的に叩き込まれた後、わずか1年後の1989年に株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア)を共同設立しました。
当時、宇野氏を含む20代の若手4名で立ち上げたインテリジェンスは、人材紹介や求人メディアの領域で急成長を遂げ、瞬く間にメガベンチャーへと成長。宇野氏は卓越したビジネスモデル設計と組織マネジメント能力を発揮し、若き旗手として脚光を浴びることになります。
転機が訪れたのは1998年、父でありUSENの創業者である宇野元忠氏の急逝でした。急遽、大阪有線放送社(現・USEN)の代表取締役社長に就任することを余儀なくされた宇野氏。当時、売上規模こそ大きかったものの、電柱の無断使用問題など数多くの法的課題や旧態依然とした組織体制を抱えていた同社を、抜本的に構造改革する過酷な道を選ぶことになりました。