4月12日は何の日?パン記念日と宇宙飛行の真実・有名人と運勢

4月12日は何の日?パン記念日と宇宙飛行の真実・有名人と運勢に関するポイントを分かりやすくまとめました。詳細な解説をチェックしましょう。

4月12日を語る上で欠かせない二大記念日が、「パンの記念日」と国際連合が指定する「世界宇宙飛行の日」です。一見すると対極にある「身近な食」と「最先端の宇宙開発」ですが、その背景を紐解くと、いずれも既存の常識を打ち破るパイオニアたちの凄まじい執念が浮かび上がってきます。

幕末の国防危機が生んだ「パン祖」江川太郎左衛門の執念

一般社団法人日本パン工業会およびパン食普及協議会が1983年に制定した「パンの記念日(および毎月12日のパンの日)」は、天保13年(1842年)4月12日に端を発します。手がけたのは、伊豆韮山代官を務め、のちに韮山反射炉を築いた幕末屈指の開明派官僚・江川太郎左衛門(英龍)です。

江川がパンを焼いた真の理由は、グルメや文化交流ではなく「切迫した軍事上の要請」でした。当時、アヘン戦争で清国がイギリスに惨敗した報に接した幕府は、沿岸防備の強化に迫られていました。戦場で兵士が飯を炊けば、立ち上る煙が敵に陣営の位置を暴露してしまいます。そこで煙を出さずに携帯・保存でき、即座にエネルギー補給ができる軍用食糧として着目されたのが、オランダ人から製法を学んだ「兵糧パン(乾パンの原型)」でした。

韮山の自邸庭内に築いた特製の窯で焼き上げられたこの堅パンは、日本国内で本格的に製造された最初のパンとして記録されています。江川太郎左衛門が現代でも「パン祖」と仰がれる理由は、単なる珍奇な舶来品の模倣ではなく、祖国防衛という国家課題に対峙した実戦的イノベーションだった点にあります。

「地球は青かった」ガガーリンが切り拓いた宇宙開発の曙光

一方、国際的な視座において4月12日は、人類が地球の重力圏を初めて脱出した記念碑的な一日です。1961年4月12日、旧ソビエト連邦の宇宙船「ボストーク1号」に搭乗したユーリ・ガガーリン少佐が、人類初となる有人宇宙飛行に成功しました。

わずか108分間の地球周回飛行は、冷戦下における米ソの宇宙開発競争(スペース・レース)の潮目を決定づけました。後年、ガガーリンの手記や公式飛行記録で確認された実際の交信録には、「空は非常に暗く、地球は青みがかっている(Небо очень и очень темное, а Земля голубоватое)」という詩的かつ極めて科学的な観察眼が残されています。この歴史的偉業を称え、2011年の国際連合総会において、4月12日は公式に「世界宇宙飛行の日(International Day of Human Space Flight)」として決議されました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。