渡辺芳則の経歴と引退の真相|五代目山口組激動の軌跡
五代目山口組の発足にあたり、渡辺芳則が打ち出した最大の施策が五代目山口組の組織改革でした。全国に散らばる直参(直系組長)を地域ごとにまとめる「ブロック制」を導入し、意思決定の迅速化と広域ガバナンスの合理化を図りました。この近代化路線を実務面で支えたのが、知性派として名高い若頭の宅見勝でした。
渡辺が組織のシンボルとして求心力を保ち、宅見が莫大な資金力と政治力で実務を仕切る「二頭体制」は、バブル経済の波に乗って組織を急速に肥大化させました。警察庁の当時の統計資料によると、五代目体制下の構成員・準構成員数は約3万人から最盛期には4万人近くに達し、日本全国の暴力団勢力の過半数を占める独占的地位を築き上げました。