カリスマの宿命か、メディアの歪みか――「羽生結弦」を巡る世論の分断と、その裏にある現代社会の病理
プロ転向後、羽生は自らストーリーを紡ぎ、ゲームの世界観を取り入れるなど、従来のアイスショーの概念を覆す挑戦を続けている。ドーム公演を成功させるなど、その興行規模は桁違いだ。しかし、この「アスリートからアーティストへの脱皮」は、かつての競技フィギュアスケートを愛していた層の一部に困惑をもたらした。
「スポーツとしてのフィギュアが見たかった」「自己表現が過剰で、ナルシシズムを感じる」といった声は、彼が新たな芸術的領域へ踏み出せば踏み出すほど強くなる。伝統的なスポーツの枠組みに彼を当てはめようとする視聴者にとって、彼の前衛的なエンターテインメントは、受け入れがたい異端として映るのだろう。