菅義偉の若い頃がイケメン!段ボール工場から総理へ上り詰めた激動半生
大学卒業後、一度は民間の建電設備(現・日本工営)に就職したものの、「世の中を動かす根源である政治に関わりたい」という情熱を抑えきれなくなります。法政大学の就職課などを頼り、紹介されたのが自民党の重鎮・小此木彦三郎衆議院議員でした。
1975年、菅氏は小此木代議士の門を叩き、私設秘書として政界の第一歩を踏み出します。ここから始まる11年間の秘書時代は、まさに泥まみれの「丁稚奉公」でした。カバン持ちから運転手、支援者への挨拶回り、地元陳情の処理まで、小此木氏の影となって横浜中を駆け巡りました。小此木氏が通産大臣として初入閣した際には大臣秘書官に抜擢され、中央省庁の官僚たちと渡り合う実務能力と人心掌握術を徹底的に磨き上げました。
この過酷な秘書時代を支え、運命の伴侶となったのが妻の真理子夫人です。真理子さんは、小此木事務所で共に働いていた同僚秘書の妹でした。事務所で見かけた瞬間、菅氏がその清楚で凛とした佇まいに一目惚れしたといいます。菅氏からの猛アタックが実を結んで結婚。真理子夫人は決して表舞台に出しゃばることなく、常に一歩引いた位置から夫の激動の政治生活を支え続けることになります。