聖徳記念絵画館の真相と見どころ|壁画80枚の謎と2026年最新状況

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明治神宮外苑の中心に位置する聖徳記念絵画館(せいとくきねんかいがかん)は、1912(明治45)年に崩御した明治天皇と、その2年後に崩御した昭憲皇太后の遺徳をたたえ、永く後世に伝えるために建設された記念館です。設計コンペの第1席に選ばれた建築家・高橋貞太郎の原案をもとに、明治神宮造営局技師の小林正紹が修正設計を担当。耐震・耐火構造の第一人者である佐野利器が構造指導を手がけ、鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)の草創期を代表する大規模記念建築として1926(大正15)年10月に竣工を迎えました。

なぜこの広大な外苑の地が選ばれたのか。背景には青山練兵場という歴史的空間の文脈が存在します。この地はかつて帝国陸軍の練兵場であり、明治天皇が幾度となく軍隊を閲兵した「観兵式」の舞台でした。さらに、1912年9月に行われた明治天皇の「大喪の礼(葬場殿)」が設営されたまさにその聖地であり、記憶の継承地としてこれ以上の場所は存在しなかったのです。

内外装に花崗岩や天然大理石をふんだんに用いた重厚なシンメトリーの外観は、ゼツェシオン(ウィーン分離派)様式の影響を受けた近代建築史上の最高峰と称され、2011年には国の重要文化財に指定されました。大鳥居と社殿を中心とする「内苑(代々木)」が日本の伝統的な神道・純和様式で造営されたのに対し、洋式庭園やスポーツ施設で構成された「外苑」は国民に開かれた西洋的近代都市空間として設計され、その中核的モニュメントとして絵画館が冠されたという二重構造は、明治という時代の二面性を象徴しています。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。