名曲『大阪で生まれた女』実話モデルの現在と全18番に秘めた真実
『大阪で生まれた女』の爆発的なヒットを語る上で欠かせないのが、名優であり歌手の萩原健一(ショーケン)によるカバーです。この名曲が世に出るきっかけを作ったのは、他ならぬ萩原健一の鋭い直感でした。
当時、デビュー前のBOROが持ち込んだデモテープを聴いた萩原健一は、その類まれなメロディと歌詞の情念に即座に惚れ込み、「この曲を俺に歌わせてくれ」と熱望しました。こうして1979年、BOROのオリジナル盤(8月発売)に先駆けて萩原健一のアルバム盤(5月)およびシングル盤が世に送り出されることになります。
萩原健一バージョンは、俳優ならではの圧倒的な表現力としゃがれた歌声で、男のやるせなさとダンディズムを見事に体現。一方のBOROバージョンは、ハイトーンボイスで絞り出すような切なさと哀愁が際立ち、両者の歌唱が相乗効果を生んでダブルヒットを記録しました。二人の鬼才がぶつかり合い、認め合ったエピソードは、日本の音楽史に残る美しい伝説として語り継がれています。