アルバニアねずみ講事件の真相|国民3人に1人が騙された国家崩壊の衝撃
1996年秋、隣国ユーゴスラビアへの経済制裁解除に伴う密輸利権の縮小などを引き金に、資金繰りに行き詰まったファンドが次々と支払いを停止しました。1997年1月、女性占い師が率いていた大手ファンド「スーデ(Sude)」が破綻を宣言したことで、国民の幻想は粉々に打ち砕かれます。
人生の全財産を失った市民の怒りは、ファンド経営者だけでなく、詐欺を放置・推奨したベリシャ政権へと向けられました。1997年アルバニア暴動の経緯は、平和的な抗議デモから瞬く間に武力衝突へとエスカレートしていきました。
特に南部都市ヴロラ(Vlorë)やサランダ(Sarandë)では、警察署や市庁舎が焼き討ちに遭いました。事態を鎮圧しようと政府が非常事態宣言を発令し軍を投入したものの、給与を失い自らもファンドに出資していた兵士や警察官は相次いで離反。軍の司令系統が完全に崩壊し、全国の武器庫から自動小銃AK-47、重機関銃、迫撃砲、弾薬など推計65万〜100万丁もの武器が略奪されました。
重武装した市民や犯罪組織が街を支配し、略奪と銃撃戦が日常化。約2,000人以上の死者を出し、刑務所からは受刑者が集団脱獄するなど、国家は完全な無政府状態へと転落しました。