なぜシがHなのか?吹奏楽・音大受験で役立つドイツ音名完全ガイド

なぜシがHなのか?吹奏楽・音大受験で役立つドイツ音名完全ガイドについて知っておくべき 理由を厳選して解説いたします。

ドイツ音名を学び始めた人が最初につまずき、そして最も強い違和感を覚えるのが「A(ラ)の次がなぜB(シ)ではなくH(ハー)なのか」という点です。アルファベット順(A, B, C, D, E, F, G)に従えば、ラ(A)の次は当然Bになるはずです。実際、英語音名ではシの音を「B」と呼びます。では、なぜドイツ語圏だけが「H」を採用し、本来の「B」を「シのフラット(B♭)」に割り当てたのでしょうか。

この謎を解く鍵は、10世紀から中世ヨーロッパで用いられていた教会旋法と「ヘクサコルド(6音音階)」のシステムにあります。当時の音楽理論では、トリトヌス(増4度=悪魔の音程)と呼ばれる不協和音を回避するため、第7の音である「シ」に2種類の実音を用意する必要がありました。すなわち、「通常のシ(本位音)」と「半音下がったシ(変音)」の2つです。

写本筆写者や音楽家たちは、この2つの音を文字の形状で厳密に書き分けました。

  • b rotundum(丸いb / 軟音):半音低い「シのフラット」を示すために、角の丸い「b」を使用。これが現在のフラット記号(♭)の原型となりました。
  • b quadratum(四角いb / 硬音):通常の「ナチュラルなシ」を示すために、四角く角ばった「b」を使用。これが現在のナチュラル記号(♮)やシャープ記号(♯)の原型となりました。

16世紀のドイツにおいて活版印刷技術が普及し、楽譜の手写本から印刷譜へと移行する過程で決定的な事象が起こります。当時のドイツで広く使われていたゴシック体筆記体において、四角いb(b quadratum)の角ばった形状と下部の突き出しが、アルファベットの小文字「h」と極めて酷似していたのです。印刷工や理論家たちが四角いbを「h」と誤読、あるいは活字の都合上「h」で代用した結果、ドイツ語圏の音楽理論書では「ナチュラルのシ=H」「フラットのシ=B」として完全に定着しました。

音楽史における文字の誤認と形状変化が生んだこの差異は、J.S.バッハが自らの名前の綴り(B-A-C-H=変ロ・ラ・ド・シ)を主題に組み込んだ名曲『フーガの技法』を生み出すなど、後世のドイツ音楽文化に象徴的な遺産を残すことになりました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。