衆議院解散でなぜ万歳?失職するのに叫ぶ理由と歴史の真相を解明

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この慣習はいつから始まり、どのようにして国会の不文律となったのでしょうか。議会史の公式記録や国立公文書館の所蔵資料を紐解くと、その起源は1891年(明治24年)の第1回帝国議会の解散にまで遡ります。

当時、民党(野党)が主導する衆議院と、藩閥政府(松方正義内閣)が激しく対立する中、突如として解散が命じられました。その際、議長席から解散の詔勅が読み上げられると、動揺と怒号が飛び交う中で一部の議員が「天皇陛下万歳」を叫んだのが発端とされています。当初は定型化された儀礼ではありませんでしたが、大正から昭和初期の政党政治の成熟期を経て、解散宣告=万歳三唱という行動様式が衆議院の伝統として固まっていきました。

また、本会議場における厳格な伝達手順も見逃せない要素です。内閣総理大臣が署名した解散詔書は、官房長官の手を経て内閣官房参事官が議事堂へ運びます。議場後方の扉から入場した参事官は、「紫の袱紗(ふくさ)」に包まれた詔書の写しを衆議院事務総長に手渡し、事務総長から衆議院議長へと丁重に運ばれます。

議長は袱紗を解き、立ち上がって厳かに詔書を朗読します。「衆議院を解散する」という主文が発せられた瞬間、万歳が沸き起こり、議長は木槌(ギャベル)を叩くことなく一礼して降壇します。この一連の流れるような所作そのものが、明治以来130年以上にわたり受け継がれてきた国会独自の様式美となっています。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。