江戸城無血開城の真相|勝海舟と西郷隆盛の決断と裏側の全貌
Q1:無血開城によって戊辰戦争はすべて終わったのですか?
A1:いいえ、終わりませんでした。江戸城は無血開城されましたが、これに納得しない旧幕臣の一部が彰義隊を結成して上野で衝突(上野戦争)したほか、東北諸藩による奥羽越列藩同盟の戦い、そして箱館・五稜郭の戦いへと戊辰戦争は継続しました。しかし、日本の政治・経済の中心地である江戸が壊滅を免れた意義は極めて甚大でした。
Q2:徳川慶喜は開城後どうなったのですか?
A2:徳川慶喜は江戸城明け渡しに伴い、水戸へ移動して謹慎を継続しました。その後、徳川家の本拠地が駿府(静岡)に移されるとともに静岡へ移住し、謹慎が解除された後は政治から一切身を引いて写真や狩猟などの趣味に没頭しました。明治後期には公爵に叙せられ、貴族院議員にも就任しています。
Q3:勝海舟と西郷隆盛は以前から面識があったのですか?
A3:はい、旧知の間柄でした。1864年(元治元年)に大坂で初めて対面しており、その際、勝が西郷に語った世界情勢や海軍創設論に西郷が深く感銘を受け、「勝先生は実に恐ろしい人物である」と大久保利通に宛てて書き送った逸話は有名です。この初期の信頼関係が、幕末最大の土壇場での交渉を成立させる礎となりました。