新銀行東京はなぜ失敗したのか?1400億の代償と石原都政の真相
新銀行東京の設立が構想された2000年代前半の日本経済は、バブル崩壊後の深刻な金融危機とデフレの渦中にありました。大手銀行は生き残りをかけて自己資本比率の引き上げに追われ、中小企業に対する「貸し渋り」や「貸し剥がし」が社会問題化していた時代です。
この状況に強い危機感を抱いた石原慎太郎都知事(当時)が、2003年の都知事選で目玉公約として掲げたのが「都独自の銀行の設立」でした。不動産担保や個人保証に依存する旧来の銀行ビジネスを猛烈に批判し、「技術力や成長意欲があるにもかかわらず資金繰りに苦しむ中小企業へ、無担保・無保証で機動的に資金を供給する」という崇高な理念を掲げました。
東京都が1000億円という巨額の出資を行い、民間企業からの出資も集めて2004年に設立、2005年4月に開業。既存の金融機関が手を差し伸べない層を救済する画期的な試みとして、発足当初の中小企業融資への評判や期待は非常に高いものでした。