独占解禁資料が明かす惨劇の裏側 報復の連鎖と封印された真相
1972年9月5日未明、パレスチナの武装組織「黒い九月」のメンバーが選手村のフェンスを乗り越えた。彼らの目的は、イスラエルに収監されている仲間たちの釈放要求だった。拳銃と手榴弾で武装した襲撃犯は、イスラエル代表の宿舎を占拠。流血の惨劇が始まった。
世界中が息を呑んで事態を見守る中、対応を迫られたのが国際オリンピック委員会(IOC)だった。競技を継続すべきか、即刻中止すべきか。激しい議論の末、当時のアベリー・ブランデージ会長が放った言葉は語り草となっている。「ゲームは続けなければならない」。大会はわずか1日中断されただけで再開された。スポーツの政治的中立性を盾にしたこの決定は、命の尊厳よりも大会の威信を優先したのではないかという猛烈な批判を浴び、現代に至るまでスポーツ界最大の論争として尾を引いている。