ブルーボーイ事件の真相と判決理由|日本初の性転換手術裁判が遺したもの

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事件当時の記録や当事者の手記・回想録を紐解くと、法廷で裁かれた医師の罪悪とは別に、医療から見放されていた当事者たちの絶望的な生存環境が浮かび上がってきます。

1960年代当時、精神医学界においても「トランスジェンダー」や「性同一性障害(GID)」という疾患・アイデンティティ概念は確立されていませんでした。多くは「同性愛の一種」または「重度の精神錯乱」として扱われ、正規の医療機関を受診しても精神安定剤の投与や精神病院への閉鎖入院を勧められるのが通例でした。

自らの身体と自認する性が一致しない違和に苦しみ、夜の歓楽街でしか生きる場所を見出せなかった人々にとって、被告人医師は「違法すれすれであっても身体を変えてくれる唯一の駆け込み寺」に見えていた側面がありました。当時の公判記録でも、証言台に立った当事者の一部から「手術を受けられたこと自体には感謝している」「断られたら生きていけなかった」という切痛な告白がなされています。

しかし、医学的知見に基づかない粗雑な手術は、術後の尿道狭窄や膣腔閉塞、激しい感染症といった重大な後遺症を多発させました。正規の医療アクセスが遮断された結果、当事者たちはホルモン剤の闇注射や非衛生的な無免許手術に頼らざるを得ず、命を落とすケースも少なくなかったのです。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

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