「ラデツキー行進曲」手拍子の真実!名曲の誕生秘話と演奏禁止の謎
現在でこそ幸福感に満ちた祝祭曲として親しまれていますが、誕生直後の『ラデツキー行進曲』は、激しい政治的反発にさらされた危険な楽曲でした。
自由と民主主義を求めて戦った市民や学生、そして独立運動を武力で鎮圧されたイタリアやハンガリーの人々にとって、ラデツキー将軍は「圧政と虐殺の象徴」にほかなりません。そのため、帝国体制派を称えるこの楽曲は激しい憎悪の対象となり、街角で演奏されようものなら暴動が起きるほどの緊張感を生み出しました。
反体制派の市民からはボイコット運動が巻き起こり、シュトラウス1世自身も「反動作曲家」とのレッテルを貼られて人気が一時急落。劇場やカフェでの演奏が事実上の自粛・演奏禁止に追い込まれる事態へと発展しました。時代の波が激動を極める中で、音楽が政治の渦に巻き込まれた典型例といえます。