千代の富士「体力の限界」真相|貴花田戦と涙の電撃引退の全記録
1991年(平成3年)5月場所、両国国技館の空気は初日から異様な熱気に包まれていました。初日の結びの一番に組まれたのは、通算1000勝を超え前人未到の記録を更新し続ける第58代横綱・千代の富士と、当時弱冠18歳で飛ぶ鳥を落とす勢いだった新進気鋭の前頭14枚目・貴花田の一番です。
立ち合い、鋭く踏み込んだ千代の富士に対し、貴花田は怯むことなく頭から当たり、左前褌を引いて一気に寄り切りました。館内に飛び交う無数の座布団と大歓声。昭和を象徴する大横綱が、平成の新時代を担う若武者に屈した瞬間であり、相撲史における決定的な世代交代の幕開けでした。
この取組で千代の富士と貴花田の通算対戦成績は1戦0勝1敗となり、これが生涯唯一の直接対決となります。翌2日目は前頭筆頭の板井に寄り倒しで勝利したものの、かつての躍動感ある速攻相撲は見られませんでした。そして運命の3日目、貴花田の兄弟子である前頭筆頭・貴闘力との一番で、千代の富士は左腕を痛め、送り出しで完敗を喫します。
支度部屋に戻った千代の富士は、付け人に左腕の激痛を訴えながら静かに目を閉じました。その日の夜、師匠である九重親方(元横綱・北の富士)に「もう相撲が取れません」と引退の意志を伝達。初日の衝撃的な敗戦からわずか48時間後、ウルフの現役生活は唐突に幕を下ろすこととなったのです。