嵐のデビュー日は11月3日!結成日との違いやハワイ会見の真相を徹底解明
嵐の誕生を語る上で外せないのが、1999年9月15日にアメリカ・ハワイ州ホノルル沖のクルーズ客船で行われた衝撃的な結成記者会見です。現地に日本のマスメディアを大挙して招待し、青空と太平洋をバックに「嵐」と毛筆で書かれた掛け軸を掲げる姿は、当時のワイドショーを独占しました。
しかし、その華々しい船出の裏には、メンバー自身すら予想だにしなかった驚愕のドラマが隠されていました。メンバーの手記や後の特番インタビューによると、彼らはハワイへ向かう段階で「自分たちが新グループとしてデビューする」という事実を正確に知らされていませんでした。
故・ジャニー喜多川氏から「YOUたち、ハワイに遊びに行こうよ」と声をかけられ、パスポートを持って現地に集合したところ、クルーズ船に乗せられて突然会見場に立たされたというエピソードは、ファンの間でも語り草となっています。
さらに当時のメンバー5人の年齢構成と心理状態は、極めて不安定なものでした。
- 大野智(当時18歳):すでにジャニーズJr.内での活動に区切りをつけ、絵を描く道へ進むため事務所へ辞意を伝えていた。レコーディングの手伝いと聞かされて参加。
- 櫻井翔(当時17歳):慶應義塾高等学校に在学中で、大学進学を機に学業へ専念して引退する予定だった。記念受験のような感覚で渡航。
- 二宮和也(当時16歳):演劇や舞台演出に興味を持ち、アメリカへ留学して裏方の勉強をしようと退所の準備を進めていた。
- 相葉雅紀(当時16歳):会見の数日前にジャニー氏から「YOU、パスポート持ってる?」と電話で尋ねられ、「持ってます」と答えたことで急遽メンバー入りが決定。
- 松本潤(当時16歳):当初からデビュー候補グループの中心として名前が挙がっており、ステージ演出への強い関心を抱いていた。
「世界中に嵐を巻き起こす」「頂点に立つ(五十音順でもアルファベット順でも最初に来る)」という壮大な命名意図の裏で、メンバーの半数以上が「これが最後の仕事になるかもしれない」という複雑な胸中を抱えながら会見に臨んでいたという事実は、彼らの歩みを語る上で見逃せないリアリティです。