世界最大の津波524Mの真相!リツヤ湾の脅威と歴代被害の全貌
当時、静まり返ったリツヤ湾内には、停泊して夜を過ごしていた3隻のトロール漁船がいました。そのうちの1隻「エドリー号」に乗っていたハワード・ウルリッチ(Howard Ulrich)船長と、当時わずか7歳だった息子のサニー君は、文字通り地獄の光景を目撃しながら奇跡的な生還を果たしています。
米国地質調査所(USGS)の調査記録や後のメディアインタビューにおいて、ウルリッチ船長は当時の戦慄を次のように述懐しています。
「激しい揺れでベッドから放り出され、デッキへ飛び出した。入江の奥から耳をつんざくような爆発音が響き渡り、やがて湾の奥一面に、見たこともない巨大な水の壁が立ち上がったんだ。それは波というより、空に向かってそびえ立つ黒い山そのものだった」
錨チェーンが限界を迎えて破断する直前、船長は直感的に救命胴衣を息子に着せ、エンジンのスロットルを全開にして正面から波の頂点へ向かって船首を突っ込ませました。時速160km以上の猛スピードで押し寄せる波の斜面を、エドリー号はまるでジェットコースターのように垂直近くまで持ち上げられ、波頭を乗り越えることに成功。船底の下には、根こそぎ引き抜かれた数百本の大木が激しく渦巻いていたといいます。
一方、別の漁船「バジャー号」に乗っていたビル・スワンソン夫妻は、船ごと巨大な波に持ち上げられ、湾の入り口にある標高数十メートルの砂州(ラ・ショセ砂州)の樹林帯の上空を「滑空するように」飛び越えて外洋へと押し流されました。船は大破して沈没したものの、夫妻は小型の救命ボートに這い移り、数時間後に別の船によって奇跡的に救助されました。生存者たちが異口同音に語ったのは、「自然が放つ音の凄まじさ」と「一瞬にして夜空を覆い尽くした漆黒の水壁の絶望感」でした。