『笑っていいとも!』終了の真相と伝説の最終回|タモリの決断と現在
番組の象徴であったスタジオアルタ(新宿)は、単なる収録スタジオを超え、若者文化とトレンドの発信地として君臨しました。連日アルタ前には出待ちのファンが詰めかけ、新宿東口の景観そのものが番組の熱気と直結していました。
番組の歴代最高視聴率は、1988年6月29日に記録された27.9%(通常放送枠)。看板コーナー「テレフォンショッキング」は、芸能界の交友関係を可視化する画期的な企画として機能しました。黒柳徹子が持ち前のマシンガントークで番組進行を完全に制圧した回や、有志のファンによる生中継への乱入など、数々の伝説が生まれました。
歴代ゲストには、国内外のトップスターから文化人、さらには現職の内閣総理大臣(安倍晋三氏など)に至るまで多種多彩な顔ぶれが登場しました。最終回のテレフォンショッキングには、タモリが長年大ファンを公言していた吉永小百合が中継で出演し、番組の有終の美を華々しく飾りました。