一富士二鷹三茄子の真相と続き|なぜ茄子?家康との因果を徹底検証
多くの人が「三茄子」で完結していると思い込んでいますが、江戸中期の文献には明確に一富士二鷹三茄子の続きが記録されています。それが「四扇五煙草六座頭(しせん ごたばこ ろくざとう)」です。単に適当な縁起物を追加したのではなく、前半の1〜3と後半の4〜6が精緻な「対(ペア)」の構造を持っている点に、江戸庶民の言葉遊びと教養の深さが見て取れます。
まず「一の富士」と対になるのが「四の扇(扇子)」です。どちらも裾に向かって広がる「末広がり」の形状をしており、家内安全や子孫繁栄、未来の展望が開ける吉祥を意味します。
次に「二の鷹」と対をなすのが「五の煙草(たばこ)」です。鷹が大空高く舞い上がる姿と、煙草の煙が紫煙となって天に昇っていく様子が重なり合っており、運気上昇や出世を象徴しています。当時、祭りや祝いの席で煙草を嗜むことは日常を離れた華やかな娯楽であり、活気をもたらすアイテムと見なされていました。
そして「三の茄子」と対をなすのが「六の座頭(ざとう)」です。座頭とは、剃髪した盲目の琵琶法師や按摩師の階級を指します。茄子に毛がない(つるりとしている)ことと、座頭の頭に毛がないことを掛け、さらに「毛がない」を「怪我ない」へと昇華させ、無病息災・家内安全を祈念した諧謔(ユーモア)に富んだ語呂合わせです。この初夢 順番と由来を知ると、厳しい身分制度や生活苦の中でも笑いと機知を忘れなかった先人たちの精神文化が鮮やかに立ち現れてきます。