なぜ人を殺してはいけないのか?法学・哲学・脳科学が導く決定的な理由
Q1:「自分はいつ殺されてもいいから、相手を殺してもいいはずだ」という理屈にはどう反論すべきですか?
A1:その主張は「社会契約」の前提を無視した独りよがりの論理破綻です。社会のルールは個人の自殺願望や無敵の人マインドに左右されるものではなく、「社会全体が安全に機能するための包括的契約」です。もしあなたの論理を認めれば、あなたの家族や友人が見知らぬ他者に理不尽に殺されても一切処罰できない社会を認めることになります。個人の主観的な命の軽重にかかわらず、他者の生存権を奪う自由は最初からいかなる人間にも与えられていません。
Q2:なぜ国家は戦争で人を殺したり死刑を執行したりできるのに、個人の殺人は禁止されるのですか?
A2:これこそが法治国家の核心である「暴力の独占」です。もし個人が自分の判断で「あいつは悪人だから殺していい」と私刑(リンチ)を始めれば、ホッブズの説いた血で血を洗う闘争に戻ってしまいます。だからこそ、社会秩序を回復・維持するための最終手段としての暴力行使権限を厳格な法的手続きのもとで国家だけに集中させ、個人の私的復讐や恣意的な殺害を一切禁止しているのです。
Q3:小学生くらいの子どもに一番響く、わかりやすい説明は何ですか?
A3:「もし『人を殺してもいいルール』になったら、あなたが大好きな人たちも、いつ誰かに殺されちゃうかもしれない。みんなが安心して明日も笑って暮らすために、全員で『絶対に誰も殺さない』っていう大切なお約束をしているんだよ」と説明するのが最も効果的です。「ルールのおかげで自分たちが守られている」という安心感と相互性を直感的に伝えることがポイントです。