丹波哲郎の死因と大霊界の真相!息子義隆の現在や007伝説
丹波哲郎を語る上で最もユニークであり、かつ世間を二分したのが「霊界研究」への傾倒です。1980年代後半から1990年代にかけて出版された著書『死んだらどうなる』シリーズは累計数百万人以上に読まれ、自ら製作・総指揮を務めた映画『丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる』(1989年)は空前の大ヒットを記録しました。
彼が霊界研究にのめり込んだ理由には、青年期の原体験があります。戦中・戦後の動乱期に直面した「命の儚さ」や、自身の病気による臨死体験、さらには欧米の心霊科学・心霊主義(スピリチュアリズム)の文献を読み漁ったことが契機でした。丹波の主張は、従来の日本の怪談やお化け屋敷のような「死=暗く恐ろしいもの」「祟りや呪い」という概念を真っ向から否定するものでした。
「霊界に行けば病気も苦痛もなく、自分の好きな世界で楽しく暮らせる。だから死を恐れる必要はない。その代わり、現世で人に親切にし、楽しく生きることが大切だ」というメッセージは、バブル期の狂乱と不安を抱えていた日本人の心に深く刺さりました。怪しげな新興宗教の教祖になる道を選ばず、あくまで「一介の俳優・宣伝マン」というエンターテインメントの立ち位置を守り続けたことも、国民的な支持を得た大きな要因です。