松山のトレビの泉は現在どうなった?撤去理由と跡地の変遷を追う

松山のトレビの泉は現在どうなった?撤去理由と跡地の変遷を追うについての疑問解決ガイドを徹底解説します。

松山のトレビの泉が誕生したのは、四国初の本格的地下街として「まつちかタウン」が開業した1971年(昭和46年)のことです。高度経済成長期の熱気冷めやらぬ中、イタリア・ローマの本家「トレビの泉」をモチーフにした彫刻レリーフと噴水設備が中央広場に据えられました。

当時の松山市中心部は、いよてつ高島屋(旧・いよてつそごう)や大街道、銀天街が連なる一大ショッピングゾーンとして賑わいの絶頂期にありました。天候に左右されない地下空間に位置し、水のせせらぎが響く噴水前は、携帯電話が普及していなかった時代における「最もわかりやすく外さない待ち合わせ場所」として圧倒的な支持を獲得したのです。

訪れた人々が水底へ小銭を投げ入れる習慣も自然発生的に定着し、週末には高校生からカップル、家族連れまでが噴水の縁に腰掛けて語り合う姿が日常の光景となっていました。まさに松山の都市文化を象徴するランドマークでした。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。