中岡慎太郎の真実|坂本龍馬と散った英雄の功績と近江屋の最期
慶応3年(1867年)5月、慎太郎は武力による倒幕を実行に移すため、京都白川の土佐藩邸を拠点に陸援隊を組織しました。陸援隊は脱藩浪士や志士たちを集めた軍事精鋭集団であり、龍馬が率いた海上部隊「海援隊」と対をなす地上部隊として機能しました。
慎太郎は単なる武闘派ではなく、卓越した思想家でもありました。彼の残した名言には、現実を見据えた峻厳な国家観が色濃く反映されています。
「愚劣なる者は、安きに居て危うきを忘れ、小利に迷うて大計を失う」
目先の保身や利益に囚われ、国家存亡の危機を直視しない幕府や諸藩の指導者を痛烈に批判した言葉です。また、「今日ノ事、今日ニ為シテ明日ヲ待ツナカレ」という迅速な行動を促す理念を貫き、自ら先頭に立って行動し続けました。陸援隊は慎太郎の死後、戊辰戦争において重要な戦役を戦い抜くことになります。