上沼恵美子の若い頃が美人すぎる!天才漫才師時代と電撃引退の真相
1977年、コンビ結成からわずか6年、人気と実力の双方が頂点に達していた22歳の初夏、芸能界に激震が走ります。海原千里・万里の解散と、千里の完全芸能界引退が電撃発表されたのです。
引退の直接の契機となったのは、関西テレビの敏腕ディレクター(後に同社常務取締役などを歴任)であった上沼真平(かみぬま しんぺい)氏との結婚でした。ふたりはお見合いを通じて出会い、真平氏の知的で落ち着いた人柄に惹かれた千里氏は、結婚して専業主婦になる道を決断します。
しかし、この電撃引退の背景には、単なる寿退社にとどまらない深い理由がありました。
第一に、10代前半から家族の生計を支え続け、プライベートのない殺人的なスケジュールに心身ともに疲弊しきっていたこと。第二に、当時の昭和社会における根強い「家制度的価値観」と「結婚したら女性は家庭に入るべき」という規範です。名家である上沼家へ嫁ぐにあたり、芸能界からきれいに身を引くことが結婚の前提条件でもありました。
周囲からの猛反対を押し切り、華やかなスポットライトを捨てて家庭に入った彼女は、当時の心境について後に「あのまま続けていたら壊れていた。一度普通の生活に戻りたかった」と回想しています。