田村淳の出身地・下関市彦島が育んだ規格外の反骨心と現在地
田村淳の生い立ちを語る上で欠かせないのが、温かくもたくましい田村淳の家族構成です。実家は父・等さん、母・久仁子さん、そして淳本人と弟の4人家族。クレーン運転手などの現場仕事を担っていた父親と、底抜けに明るくユーモアに富んでいた母親の元で育ちました。家庭は決して裕福ではなく、田村淳の実家の暮らしぶりは質素そのものでしたが、母親の「人に迷惑をかけなければ、自分の頭で考えて行動しなさい」という教育方針が、彼の自立心を育みました。
地元の江浦小学校、彦島中学校を経て進学したのは、下関中央工業高校(土木科、現・山口県立下関工科高等学校)でした。当時の同校はいわゆる硬派な生徒が集まる男子校的な気風が強く、淳自身も赤髪に染めるなどヤンチャな高校生活を送っていました。しかし、単なる不良少年で終わらなかったのが彼の非凡なところです。文化祭でイベントを立ち上げたり、校外の仲間を巻き込んでバンド活動をプロデュースしたりと、すでに高校時代から「人を集めて熱狂を生み出す仕掛け人」としての才能を開花させていました。