種子島鉄砲伝来の真相!ポルトガル商人との秘密交渉が変えた戦国史
1543年に種子島へ来航したポルトガル船の動きについて、長年「時化(しけ)による不可抗力の漂着」と片付けられてきた。だが、近年の日欧にまたがる新資料の解析によって、実態は大きく異なることが分かってきた。彼らはあらかじめ日本という未開拓の巨大市場と銀の存在を察知しており、意図的に琉球ルートから北上していたのだ。
現場で対応にあたった16歳の若き領主・種子島時堯と、船に乗っていたポルトガル商人との間では、最初から綿密な価格交渉と技術提供の取引が行われていた。単なる珍品としての購入にとどまらない。鉄砲の構造解明と試作品の製造、さらには火薬の配合レシピの入手までを見据えた、政治的決断だったのだ。漂着という言説は、明国や他領主からの警戒を避けるための隠蔽工作であった可能性すら浮上している。