Aiの正式名称とは?名付け親の歴史と機械学習との違いを徹底解説

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この「Artificial Intelligence」という印象的な言葉は、いったいいつ、誰の頭から生まれたのでしょうか。歴史の針を巻き戻すと、1950年代半ばのアメリカ・ニューハンプシャー州へと行き着きます。

名付け親として歴史に名を刻んでいるのは、当時ダートマス大学に所属していた若き数学者、ジョン・マッカーシー(John McCarthy)です。彼が1955年に執筆し、翌1956年の夏に開催した伝説の研究集会「ダートマス会議(Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence)」の企画提案書の中で、初めて公式にこの用語が使われました。

当時、マッカーシーと共に提案書に名を連ねたのは、マービン・ミンスキー、クロード・シャノン、ナサニエル・ロチェスターといった、のちのコンピュータ科学を牽引する知性の巨人たちでした。提案書には、今読んでも鳥肌が立つような野心的な一節が刻まれています。

「学習のあらゆる側面、あるいは知能の他のいかなる特徴も、原則としてそれを極めて精密に記述することで、機械がそれをシミュレートできるように設計できるという推測に基づいて研究を進める」

しかし、なぜマッカーシーはあえて「Artificial Intelligence」という刺激的な言葉を選んだのでしょうか。彼が生前に遺したインタビューや回顧資料によると、そこには学術的なブランディング戦略がありました。当時、情報科学の分野ではノーバート・ウィーナーが提唱した「サイバネティクス(Cybernetics)」や「オートマトン理論」という学派が大きな力を持っていました。マッカーシーはそれらの既存の枠組みに縛られず、計算機を使って人間の思考プロセスそのものを純粋に記号処理として再現する新しい学問領域を旗揚げするため、あえて挑戦的で耳目を引く「人工知能」という看板を掲げたのです。

この1956年のダートマス会議を起点として、AIの歴史は幾度もの熱狂と挫折を経験してきました。迷路やチェスを解くルールベースの「第1次ブーム(推論と探索の時代)」、専門知識をコンピュータに教え込んだ「第2次ブーム(エキスパートシステムの時代)」はいずれも、実社会の複雑さに耐えきれず資金が途絶える「冬の時代」を迎えました。そして2010年代以降、膨大な計算力とビッグデータが結実した「第3次ブーム(ディープラーニングの時代)」を経て、現在の爆発的な生成技術の台頭へと至っています。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。