現存12天守の全貌|国宝5城と重文7城の違いから制覇ルートまで徹底解説
城郭をめぐる情報には、観光パンフレットやSNSで混同されやすい専門用語や、学術的調査によって塗り替えられた新常識が存在します。特に押さえておくべき2つのポイントを整理します。
1. 「現存」「復元」「復興」「模擬」の明確な違い
日本の城郭観光において「お城」と呼ばれる建物は、以下の4つに厳密に分類されます。
- 現存天守(12城):江戸時代以前から現在まで実屋が残存しているもの。
- 復元天守(木造・RC):史料や絵図、発掘調査に基づき忠実に再建されたもの。木造復元の代表格は白河小峰城、掛川城、大洲城、名古屋城木造化計画など。
- 復興天守:かつて天守が存在したものの、外観や規模が当時の記録とは異なって再建されたもの(例:小田原城、大坂城、岐阜城など)。
- 模擬天守:歴史上天守が存在しなかった、あるいは位置が異なる場所に観光目的で建てられたもの(例:墨俣城、郡上八幡城、伊賀上野城など)。
現存天守の魅力は、何と言っても「数百年前に組まれた木材がそのまま自重を支え続けている」という唯一無二の物質的・時間的リアリティにあります。
2. 長年続いた「現存最古の天守」論争の科学的決着
かつて「現存最古の天守はどこか」という問いに対しては、丸岡城(1576年築城説)と犬山城(1537年築城説)の間で激しい議論が交わされていました。
しかし、近年の学術的な年輪年代測定法や放射性炭素年代測定により、定説は大きく更新されました。坂井市教育委員会が2019年に発表した丸岡城天守の学術調査結果によると、使用された木材の伐採時期は「1620年代後半〜1630年代(江戸時代初期の寛永年間)」であることが判明しました。これにより、丸岡城の「現存最古」説は否定されることとなりました。
現在、建築部材の伐採年代や古文書の照合から、現存最古級の天守として有力視されているのは、文禄年間(1590年代前半)の部材が確認されている松本城や、慶長年間初頭(1600年前後)に天守主要部が組み上げられた犬山城です。歴史の研究が進むにつれて天守の歴史が科学的に解き明かされつつあります。