甲斐の国とはどこ?武田信玄の拠点と名前の由来・歴史を徹底解説

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甲斐の国の歴史を語るうえで外せないのが、平安時代末期から続く「甲斐源氏(かいげんじ)」の系譜と、戦国大名・武田氏の存在です。

清和源氏の流れを汲む源義光(新羅三郎義光)の子孫が甲斐国に土着し、武田、小笠原、南部といった名門武家を輩出しました。その宗家となったのが武田家です。鎌倉・室町期を通じて守護大名として甲斐を治めましたが、戦国期に入ると「甲斐の虎」と恐れられた第19代当主・武田信玄(晴信)の手によって、戦国最強と名高い軍事・政治体制が完成します。

信玄は強固な家臣団を率いて信濃を平定し、上杉謙信との川中島の戦いや、織田信長・徳川家康連合軍を撃破した三方ヶ原の戦いなどでその武名を轟かせました。同時に、日本最古の分国法の一つ「甲州法度之次第」の制定や、甲府盆地の水害を防いだ大規模土木事業「信玄堤(しんげんづつみ)」の築造など、卓越した内政手腕を発揮した領主でもありました。

武田軍の軍事行動と領国経営を支えたのが、甲府を中心として放射状に伸びる主要幹線道路網「甲斐九筋(かいくすじ)」です。駿河、信濃、武蔵、相模など四方八方の隣国へと直結する9本の街道を整備し、迅速な情報伝達(早馬・狼煙)と軍需物資の輸送を可能にしました。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。