川上憲伸の現在と監督就任の真相|年俸推移や引退理由を徹底検証に関する主要なデータを詳しく解説いたします。
徳島商業高校で甲子園を沸かせ、明治大学では東京六大学リーグ屈指の剛腕として通算28勝をマーク。1997年ドラフト1位(逆指名)で中日ドラゴンズに入団した川上憲伸は、1年目から14勝を挙げて新人王を獲得しました。以降、中日の絶対的エースとして君臨し、2004年には17勝を挙げて最多勝、沢村賞、リーグMVPを独占。2007年の53年ぶり日本一にも大きく貢献しました。
2008年オフには海外FA権を行使し、MLBアトランタ・ブレーブスと3年総額2300万ドル(当時のレートで約24億円)という大型契約を結んで海を渡りました。以下は、日米通算の成績と年俸推移をまとめた客観データです。
項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価NPB通算成績275試合 117勝72pt 1S
防御率3.22 奪三振1383名球会基準:200勝
一流先発の目安:100勝実働年数に対する勝率(.619)と完投数の多さは球界屈指の完成度。MLB通算成績53試合 8勝22pt 0S
防御率4.31 奪三振170MLB先発ローテ定着基準:
年間10勝以上・防御率3点台初年度は25先発で防御率3.86と健闘。打線の援護率の低さが白星に響いた。生涯獲得年俸(概算)日米合算で約35億〜38億円
(NPB最高3.4億円 / MLB年平均約8億円)NPB一流選手の生涯獲得:
10億〜20億円規模2000年代のNPB最高峰水準からMLB大型契約へのステップアップに成功。主な個人タイトル沢村賞(2004)、MVP(2004)
最多勝(2004, 2006)、新人王(1998)投手最高栄誉:沢村賞受賞2002年のノーヒットノーラン含め、大舞台での勝負強さが際立つ。
NPB復帰後の2012年以降は度重なる怪我との戦いとなりましたが、日米通算125勝、NPB通算117勝という実績は、中日ドラゴンズの球団史に燦然と輝く金字塔です。