「ヒゲの殿下」寬仁親王の真実と肉声、皇室を揺るがした激動の生涯
昭和50年代、国民的な親しみやすさを獲得した「ヒゲの殿下」という愛称は、単なるビジュアルの奇抜さから生まれたものではない。学習院大学を卒業後、英国オックスフォード大学への留学を経て帰国した殿下は、自由闊達な議論を重んじる気風を皇室に持ち込もうと試みた。トレードマークの髭を生やし始めたのも、若き日の自己主張であり、皇族という身分に安住せず「一個の自立した人間」として社会と対峙する決意の表れだった。
1970年代に刊行された『トモさんのひげの殿下日記』は、皇族自らがユーモアとアイロニーを交えて日常を赤裸々に綴った画期的なエッセイとしてベストセラーを記録した。ラジオパーソナリティを務め、若者たちの深夜番組に飛び入り参加するなど、当時の常識を軽々と飛び越える殿下の姿は、遠い雲の上の存在だった皇室と国民との心理的距離を一気に縮める契機となった。しかし、その親しみやすさの裏側で、皇族の品位を求める保守層からの冷ややかな視線と常に闘い続けていた事実は見逃せない。