島倉千代子の若い頃が美人すぎると話題!デビュー当時の可憐な姿と激動の生涯
島倉千代子は1938(昭和13)年、東京府東京市品川区(現・東京都品川区)に生まれました。幼少期の生い立ちは決して平坦なものではなく、太平洋戦争の激化に伴う長野県への疎開や、幼少期に負った左手首の重傷(切断の危機に瀕する大怪我)など、過酷な試練に見舞われています。母は左手の機能回復のリハビリを兼ねて彼女に歌を勧め、これが歌手・島倉千代子の原点となりました。
1954年、品川高等学校在学中の16歳の時に「日本コロムビア全国歌謡コンクール」で優勝し、専属契約を獲得。翌1955年3月、映画主題歌となった『この世の花』で鮮烈なデビューを果たします。この曲は当時の集団就職などで上京した若者たちの望郷の念と重なり、200万枚を超える歴史的大ヒットを記録しました。
さらに1957年には、名曲『東京だョおっ母さん』が150万枚のメガヒットを記録。同年には『第8回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たします。以降、島倉千代子はNHK紅白歌合戦に通算35回出場(当時の女性歌手歴代最多記録)という金字塔を打ち立て、昭和歌謡の黄金期を牽引する押しも押されもせぬトップスターへと君臨しました。